奈良県十津川村の古道
                      〜隠岐出身・中沼了三先生が京都から十津川村までたどった道〜

十津川村・・・奈良県最南端に位置し、森林と水資源に恵まれた日本一大きな村です。歴史的にも、
         壬申の乱・南北朝時代・幕末明治維新等日本の歴史の転換期にその名を浮上させてきました。

くまのみち・・・奈良県五條から十津川まで結ぶ古道。平成16年世界遺産に登録された、大峯奥駈参詣道や和歌山県高野山〜
          熊野までを結ぶ熊野参詣道・小辺路におとらない古道です。数々の志を持った人達がたどった路です。

中沼了三先生とは ←ここをクリックして    初! 十津川高校の皆さんがH17年6月隠岐の島に修学旅行に来ました!←ここをクリックして

平成16年11月より
中沼了三先生が十津川村で元治元年(1864)に文武館を開いた。
と言うのは分かっていましたが、京都から十津川まで車でもかなりの山道を超えて
やっとたどり着くという所・距離なのに
どういうルートで入ったのか知りたい!と思うようになりました。

平成16年11月21日十津川村に隠岐から五人でお邪魔しました。
そして十津川で最も歴史に詳しい、
松み先生が教えてくれました。
奈良県五條から入るルートで入ってきたと・・・
くまのみちという山道が一部(20kぐらい?)残っていて
(後はかなりは崩れたりしてなくなったが・・)
そこが中沼了三先生がたどった道だと。
松み先生も歩いたと、
実際に道路から、あそこだと教えていただきました。残念ながら時間の関係で
足を踏み入れる事は出来なかったですが、何かロマンを感じました。

そしてびっくりしました!その時中沼先生を京都から案内した人物が、十津川出身の
吉田正義(まさよし・当時27歳)という人物で、
その後1880年ごろ隠岐国西郷治安裁判所判事に就いていると、←
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その後1908年に奈良県五條市で71歳で病死した。

正義が西郷治安裁判所に歴任したという事を聞いて、びっくりしました!
ここは我が家から300mぐらいの所にあます。中沼先生のご縁で
隠岐に渡って来たのかは分かりませんが・・・
そんな所にもロマン、そして(十津川と隠岐との)ご縁の様なものを感じました。

そして今回十津川に行った五人も勿論、このくまのみちをたどろうと!
(・・それまでに体を鍛えないといけない・・・)

平成17年中に行きたいと思います。又ご報告します。
 街道をゆく 十津川街道 出てますー


平成17年10月 11月20日にお邪魔しますー

そして松み先生からくまのみち案内の招待状が届きました。 松み先生のお手紙の中にこうありました・・
くまのみちは、熊野参詣道の中で最も古い道の一つだと私は考えています。しかし世界遺産になれなかったのは、
明治22年(1889年)の十津川大洪水があったとき、このみちはかなりの部分で崩れ去ったからです。
しかし私は復活出来る道と考えております。